最近のもの
- 吉村昭「三陸海岸大津波」文春文庫
- 野添憲治「花岡事件と中国人」三一書房
- 甲斐崎圭「第十四世マタギ 松橋時幸一代記」ヤマケイ文庫
- 谷崎潤一郎「細雪」中公文庫
- 土井全二郎「ソ満国境1945 満州が凍りついた夏」光人社NF文庫
- 鴻上尚史「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」講談社新書
- 宮脇俊三「汽車旅12カ月」河出文庫
- 松本創「軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い」東洋経済新報社
- 高村薫「新リア王 上下」新潮社
「三陸海岸大津波」は、吉村昭が明治の津波、昭和の津波を書いたルポルタージュ。これが出たときには、東日本大震災のような津波がまた起こるとはだれも思わなかっただろう。震災の後に急遽増刷されていた。吉村は二度とこのような悲劇が起きないようにと思いながら書いたのだと思うが、残念ながらまた現実になってしまった。過去の災害を教育などの機会を通じながら社会全体で継承していくことが必要なのだろう。明治、昭和の津波とも、夜に津波が押し寄せてきており、昼間だった東日本大震災とはまた違った恐ろしさがあったのではないかと思わされる。
「花岡事件」は、終戦直前に秋田の花岡鉱山で起きた事件を扱ったもの。秋田に引っ越してきたことを契機に手に取った。中国人労務者のまとめ役だった耿諄の目線で事件について書いている。耿諄は国民党軍の将校で、戦闘で捕虜になり連れてこられたそうだ。大森実の戦後秘史で花岡事件について読んだ記憶があるが、詳しくは知らなかった。劣悪な労働環境を少しでも改善しようと耿諄が鹿島と交渉するが、中国人の中にも内通者がいたり、なかなかうまくいかない様子がもどかしく感じる。決起したあとに捕らえられ、終戦後も引き続き収監されたままだった。今でも大館市では花岡事件の慰霊を毎年行っているが、日本人、秋田県民が忘れてはいけない事件だと思う。著者の野添さんは今年亡くなっている。
「マタギ」は、秋田の阿仁のマタギである松橋時幸について書いたもの。若い頃、初めて狩りに出たときにクマに追いかけられ、木に登って難を逃れる様子が印象的。マタギといえば狩りを想像するが、川での魚取り、田畑での農作業を含め、狩りに限らず山での生活そのものを書いている。松橋の家は旅館で、そこに泊まる地質調査の学者やジャーナリストなどが、徐々に彼にひかれていくのも、人間的な魅力があったのだろう。
「細雪」は7〜8年前に一度読んだ気がするが再読。以前読んだときは神戸水害の描写が印象的だった。今読むと、幸子の夫の貞之助がとる行動、特に雪子の見合いをめぐる行動が印象的。雪子の足の爪を妙子が切る場面や、姉妹そろっての京都での花見も印象的。戦前の日本のプチブルの暮らしぶりがうかがえて興味深い。女性を中心に書いているからかもしれないが、登場する人々がほとんど戦争の影響を受けていないのも、まだ太平洋戦争が始まっていない時期の様子をうかがわせる。
「ソ満国境1945」は、ソ連が参戦した太平洋戦争末期の満州の様子を書いている。虎頭要塞の戦闘だったり、学徒兵が爆雷で戦車に立ち向かったりする様子は身につまされる。また、満州航空のパイロットが、終戦直後にまだ降伏しない日本軍の部隊を捜索するために飛んでいたことを初めて知った。著者の作品は初めて読んだが、よく整理されていて細かいエピソードもちりばめていて読みやすい。
「特攻兵」は、9回出撃してすべて生還した陸軍伍長、佐々木さんへのインタビューを基にしたもの。佐々木さんはレイテ戦記にも取り上げられていたそうで、引用部分を読むと確かに以前読んだ気がするが関連づけて覚えていなかった。当時の状況下で周囲の圧力の中、生還し続けたことは素直にすごいと思う。フィリピン戦末期には搭乗機がなくなり、フィリピンの山中で生活している。命中率が著しく落ちた沖縄戦で特攻がなぜ継続されたのかという問いに対して、国民への宣伝効果が高く戦争継続に有効だったからという答えを導いている。
「12ヶ月」は、著者が各月ごとの鉄道旅行の楽しみ方をまとめた本。国鉄時代のものなので、夜行で夜のうちに現地に到着することを前提とした記述が多く、今読むと面白い。今やサンライズしか夜行がないが、なくなる前に一度は乗ってみたい。
「軌道」は、福知山線脱線事故で家族を亡くした被害者の一人である浅野さんの目線にたち、事故について書いたもの。事故の原因究明に取り組むために様々なアプローチでJR西日本へ働きかける様子が胸を打つ。また、JR西日本側でも、それに何とか答えようとする社員もいるものの、全体としては冷たい対応になってしまうが、徐々にそれが改善されていく。JR西日本の天皇といわれた井出氏にもインタビューしており、片方に寄り添いながらも双方の主張を紹介する著者の目線には好感が持てる。当時、自分が仮にJR西日本の社員で対応をしたとしたら、どういう行動、立ち振る舞いができただろうかと考えさせられる。
「新リア王」は福澤シリーズの第2弾で晴子情歌の次の作品。晴子情歌は5年ほど前に文庫になったものの、いっこうにそれ以降の作品が文庫化されないので、今回単行本で読んだ。老政治家の父が僧になった息子の住む青森県木造の寺までやってきて、数日間ひたすら対話するが、息子は仏教について語り、父は80年代の青森の政治史について語る。終盤では、登場人物が多く寺に集まって、そこで前年に秘書が自殺した背景事情を語るのだが、そこで少しずつ事情が明らかになっていくのがミステリーを読んでいるようでぞくぞくする。大勢が集まって自由にひたすら発言するのはドストエフスキーの小説を彷彿とさせる。