旅行

日曜の夜から、関西方面に旅行に行っていました。主として青春18きっぷ使用。

  • 3/3

前夜に東京を出るムーンライトながらで関西へ。京都まで行った後に奈良線で奈良に。9:30過ぎについた。
東大寺興福寺を外から眺める。奈良は中学の修学旅行で来て以来でほとんど覚えていなかったのだが、南大門を見たらけっこう記憶がよみがえってきた。興福寺五重塔もさることながら、三重塔がかなりきれいで印象に残った。
昼前に奈良を出て、宇治に昼頃着。宇治橋を渡って宇治上神社宇治神社を見る。宇治上神社の屋根が印象的だった。その後、宇治川の中央にある島に渡って宇治川先陣争いの碑を見、そのまま川を渡って平等院を見学した。
その後京都に戻り、駅ビル周辺をぶらぶらしていたら夕方になってしまった。東本願寺は見ることが出来たが、東寺は参観が終わってしまっていたので塀の外から眺めただけ。そのまま西の方に歩いていき、羅生門跡の碑を見た。西寺跡も見たかったが、本格的に暗くなってきてしまい断念。
夜は大阪に遠征するも大阪駅新大阪駅ともによく分からず、結局夕飯だけ食べて京都に戻った。目星をつけておいたネットカフェが京都駅から非常に遠く、歩くのがしんどかった。
この日の食事は、宇治で買ったあんパンと新大阪駅ビルで食べたラーメン定食。あんパンは大人のげんこつぐらいの大きさがあり、重量もかなりなもので1つだけでおなかいっぱいになった。

  • 3/4

ネットカフェでは結局寝れず、そのまま始発の山陰本線で北上。途中で第三セクターの線に乗り換えて天橋立に行った。しかし、よくパンフレットの写真で見るような全景は見れなかった。駅の裏山にリフトが設けてあって、そこを上らないと全景が見られないのだが、次の電車の時間もあったので断念。天橋立を構成している松林の中に少し入ったのちに撤退。前日の奈良・宇治と比べると、洗練されていないむき出しの観光地という印象を受けた。
この後はひたすら鈍行で広島まで向かうことに。山陽本線を使った方が早いのだが、せっかく来たので鳥取までは山陰本線で行った。途中、有名な餘部鉄橋を渡った。沿線を見ると、たいていの場合海と山が間近まで迫っている狭隘な土地に集落が形成されていた。山陰本線自体もほとんどワンマンカーの1両か2両の電車であり、非電化路線も多く、裏日本の悲哀を感じる。
鳥取駅で若干待ち時間を持ったが、駅前でもほとんど見たいものはなかった。仮にも県庁所在地であるのに、あまり活気がないように感じられた。
鳥取からは津山経由で岡山へ行き、その後広島へ。津山までは山の中まで電車が分け入っていくという印象で、想像以上に山地だった。広島に着いたのが23:00前で、そのまま駅前のネットカフェに行く。禁煙ブースなのにたばこ臭が強かった。
この日の食事は、鳥取駅で食べたそばと岡山の駅ビルで食べたうどん。鳥取のそばは、在りし日の吉池平砂食堂の味がした。岡山のうどんはさすがにおいしかった。

  • 3/5

ネットカフェで5:40まで寝た後、宮島口まで電車で行き宮島航路に乗る。JRがやっている唯一の航路ということで、青春18きっぷで乗ることができる。朝6時台だったので、瀬戸内に上る朝日が非常にきれいだった。
厳島神社を見た後、その裏手にある弥山に登った。ロープウェーが3/7まで点検のため休業していたため徒歩で上った。標高529mで1時間もかからずに登れるのだが、坂道が急で死にそうだった。もっとも、頂上の展望台から見渡す瀬戸内海は絶景で一瞬で疲れがとれた。中国山地の山々、江田島や、連合艦隊泊地の柱島も見ることができた。教養人ならここで歌でも詠むところだろうが、自分には無理なのでそのまま下山。下山した頃に、ようやく土産物屋が始まっていた。
広島まで昼前に戻り、市電に乗って原爆ドームを見に行く。外国人も多かった。日本人観光客よりも、外国から来ている人のほうが真摯に見学しているように感じられた。原爆ドーム前で騒ぐ連中の神経がよく分からない。
その後はひたすら広島、岡山、姫路と経由して、ムーンライトながらの始点大垣まで到達し、6日の早朝に東京に着いた。
この日の食事は、広島駅前で食べたお好み焼きと、電車の中で食べたパン。お好み焼きは学割で200円安かった。
【追記】宮島で、もみじまんじゅうを串揚げにした、あげもみじなるものが売っていた。めちゃめちゃおいしかった。

どうやら、わせせと宮島、広島がかなりかぶっていたようだ。数日早く行ったら会っていたかもしれぬ。写真もけっこうとったので、そのうち載せるかもしれません。