最近のもの

奥州藤原氏」は、著者の東北古代史三部作の最後の作品。藤原氏についての文献史料が少ないため、京都の貴族や鎌倉幕府側の史料から読み解くしかない。限られた文献を頼りに藤原三代の流れを解説している。頼朝がどうしても藤原氏を滅ぼしたかったのは、先祖代々の、藤原氏は源氏の御家人だという意識があったからだとか。藤原氏にとっては、征伐の名目をつくる義経は迷惑ものでこそあれ、ありがたい英雄などではなかったんだろうと思う。中尊寺に収められている藤原三代のミイラの調査結果についても触れられていて興味深い。
鎌倉幕府〜」は、昨年一度読みかけたものの、読みづらく感じて途中で投げ出したが、改めて読むとそれなりに面白い。通史記述の章が中心だが、鎌倉時代の裁判や土地の相続について書いた章もあり、具体的な事例が紹介されている。12世紀の大規模開墾時代には分割相続が機能したが、開田の余地がなくなってくると分割相続では立ちゆかなくなり、また、合戦などで没収した土地の再配分も余地が少なくなったため、結果として裁判が頻発したんだとか。通史部分は、天皇、将軍、執権の名前がややこしくて覚えきれないが、なんとなくの流れを整理するのには良いと思う。モンゴル襲来の様子も比較的詳しく書かれているように思うが、壱岐対馬の戦いの様子などは一切書かれておらず、事件や戦いの記述が少ない最近の通史だなあという感じ。
「生きて帰ってきた男」は小熊英二の父親、賢治からの聞き取りをもとに再編成したもの。同氏は昭和19年に19歳で徴兵されて満州終戦を迎え、チタでシベリア抑留生活を送った。帰国後も結核にかかったりかなり苦労した後、多摩地方でスポーツ用品店を営むことで高度経済成長の波に乗り、今に至るというもの。シベリア抑留時代だけではなく、日本に帰ってからの苦労や高度成長期の様子まで書いているのが特徴的。平均的な人生かというとそうではないのかもしれないが、戦中戦後を生きた一人の人の人生が浮かび上がってくる。シベリア抑留時代の同僚として、間島地方の朝鮮人終戦直前に徴兵され、戦後同様にシベリア抑留された人が出てくる。満州国内の朝鮮人も徴兵されていたというのは知らなかったが、国外に住んでいる日本国籍所有者という整理をしていたのだろうか。これを読むと、従軍した朝鮮人に対して恩給や補償をしない現行制度について疑問が浮かぶ。
江夏の21球」は有名なスポーツノンフィクションで、文章に引き込まれる。短編集で一つ一つの話が印象深い。村山実から長嶋がホームランを打った天覧試合にからめ、様々な関係者について書いている「異邦人たちの天覧試合」が印象深かった。様々な選手が取り上げられているが、巨人の水原監督はシベリア抑留経験者、阪神の田中監督はハワイの2世で占領時には進駐軍の通訳もしていたとか。また王貞治中華民国なので、高校生の時には国体に出場できなかった。
尾張下屋敷…」は、新宿の戸山公園のあたりに昔あった尾張藩下屋敷の広大な庭園について紹介している本。今も戸山公園の中に箱根山が残っているが、もともとは庭の中に湖をつくったときの残土で山をつくったのが今の箱根山として残っているそう。庭園の中には宿場町もつくられ、将軍などが来園したときには、作り物のお菓子や売り物が並べられたり、水田もあって実際に耕作が行われていたんだとか。広く公開されるものでもなく、お成りの際にしか使われない広大な庭を築く尾張藩の財力がすごいと思う。
河内源氏」は、源頼朝につながる武家の棟梁の河内源氏を、その始祖から辿っていて、頼朝の父の義朝までを主に扱っている。保元の乱では親子が敵味方に分かれるなど、けして順風満帆ではなかった様子がわかるし、前九年の役後三年の役への関わりも書かれている。摂関家や院など、当時の権力との距離を縮めることが、武士の出世にもつながっていったことがよく分かる。
「破軍の星」は北畠顕家が主人公。架空の、奥州藤原氏の末裔を思わせる安家一族も出てくる。新田義貞は、行動すべきところで行動しない優柔不断な存在として扱われており、足利尊氏は、敵ではあるものの武家の棟梁としての包容力にあふれた大きな人間として書かれている。連戦連勝の北畠顕家が、最後敵陣に突っ込むところで小説は終わっているが、ものすごく面白い。また、奥州から京都までの強行軍の苦しい様子がよく分かる。北方謙三をはじめて読んだ(と思う)。
「日本の歴史14」は、東北北部と蝦夷地、琉球、海洋世界の3つを大きく扱っていて、それぞれ別の著者が書いている。特に東北北部の話に興味があり読んだが、前九年、後三年の役からはじまって十三湊の当時の様子、安東氏の繁栄についても書かれている。本土側からだけではなく、北海道側からも南下の圧力があり、戦いに備えるために環濠集落もできていたというのがおもしろい。琉球の関係では、奄美は薩摩侵入まで琉球だったものの、直轄として薩摩に取り上げられたという経緯をはじめて認識した。海洋世界の関係では、対馬と朝鮮の関係についてかなり書かれており、朝鮮の地図と国内の地図での対馬の扱いなど、知らないことが多かった。冒頭で、外ヶ浜のことを詠んだ句をとりあげて外と中を区切る排外的な思想と断じたり、ところどころ、主張に?がつくが、紹介されている内容そのものはどれも面白い。