最近のもの
- 吉川徹「学歴分断社会」ちくま新書
- 若月俊一「村で病気とたたかう」岩波新書
- 城山三郎「打たれ強く生きる」新潮文庫
- 高橋和巳「日本の悪霊」河出文庫
- エヴァン・オズノズ「ネオ・チャイナ 富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望」(笠井亮平 訳)
「学歴分断社会」はすこし前の新書だが、世の中の大学進学率が50〜60%で頭打ちになっている中、そこが世の中を二分する線になっているという指摘。高卒層も大卒層もそれぞれのメリットを感じられる社会にするべきとか、たいした主張をしているわけではない。
「村で病気とたたかう」は戦争中に諏訪地方の病院に赴任し、地域医療の草分けとなった著者が書いた代表作。これを読んで医師を志す人も多いだろう。本来は保守層が多いと思われる地域で、地域にとけ込んでいく様子が感慨深い。全村カルテ運動の良い面も悪い面も率直に書いている。
「打たれ強く生きる」は城山三郎のエッセイ集。サラリーマン人生の中で気をつけるべきことを短く書いている。著者は古い人間なので電話での依頼は受けないそうだが、そういう面倒で謎の習慣がだんだんとなくなってきているのは良いことだと思う。
「日本の悪霊」は、特攻帰りで虚無的な警官と、警官の(京大と思われる)出身校の後輩であり、共産党の地下工作隊として過去に殺人を犯し、わざと強盗で捕まった青年とを題材にしている。両者の直接の対決はそれほど多くないが、特に警官側が様々な人に話を聞いて回ることで徐々に話の流れが分かってくる。終戦を境に180度転換し、昨日まで神だった特攻隊員が今は行き場のない存在になっていることと、共産党の方針が転換し、山村工作隊などが切り捨てられたことがパラレルに書かれていて、徐々に警官が理解を深めていく。青年はわざと捕まったのに、法廷では証拠不十分で無罪となり、そのことに絶望して最後は自殺する。
「ネオ・チャイナ」は最近の中国の様子を丁寧に書いたルポ。著者は2005年から8年近く北京に住んで様々な取材をしたようだ。結婚紹介サイトの創設者、政府批判を辞さないジャーナリスト、台湾軍将校だったのに中国に泳いで亡命し、今は経済学者となっている男性、その他にも、ノーベル平和賞受賞者や、高速鉄道事故の遺族など、様々な部分に焦点を当てている。この国がたった50年前は文化大革命の混乱の中にあったというのが不思議である。
最近のもの
「毛沢東 五つの戦争」は、50年の朝鮮戦争、54年の台湾海峡危機、58年の金門島砲撃、62年の中印戦争、66年の文革をそれぞれ説明している。台湾との関係や中印戦争については、毛沢東の対内政策、対ソ連政策のために限定戦争が行われたと説明している。文革については広州での勢力争いの様子が書かれている。
「白団」は台湾軍の顧問として密航して現地で活動していた日本軍将校のことを書いている。昭和30年代までその活動が続いていたというのが驚き。
「アレクサンドロス・・・」は大王の東方遠征を細かく書いていて分かりやすい。ペルシアの文化を取り入れて徐々にアジア化していく大王とマケドニア守旧派の争いがあったとか。そして大王の一番の過ちは、後継者を残さずに若くして死んだことで、そのために帝国は一瞬で分解してしまう。
「そこのみにて光輝く」は中編で一気に読めるが、函館の風景がきれいに描かれていて良い。函館に住みたいと思わせる。
最近のもの
- 三野正洋「連合軍の小失敗の研究 第二次大戦の勝者に見る失錯の本質」光人社NF文庫
- 渡辺洋二「彗星夜襲隊 特攻拒否の異色集団」光人社NF文庫
- エヴァ・バロンスキー「マグノリアの眠り」(松永美穂 訳)
- 天野郁夫「帝国大学 近代日本のエリート育成装置」中公新書
- 岡本隆司「袁世凱 現代中国の出発」岩波新書
- 若杉冽「原発ホワイトアウト」講談社文庫
「連合軍…」は、日本軍、ドイツ軍に続く著作。イギリスの航空機の性能がたいしたことなかったとか、戦車づくりに迷走していたとか、ソ連の艦隊がもっと働くべきだったとかそういう話が続く。
「彗星夜襲隊」は天号作戦に特攻ではなく通常戦法で対応した飛行隊の話。司令官の美濃田少佐は当時29歳。4月から8月の終戦までの間、身を削る思いで日々を過ごしていたのだろう。
「マグノリアの眠り」は、ドイツの高齢女性をロシア人の若い女性が出稼ぎ介護にくるところから始まる。ドイツの女性は終戦前後のベルリンでの経験からロシア兵に対するトラウマを抱いていて、介護者がロシア語で話しだすまでは友好的だった関係性がいっぺんに崩壊する。そこからまた2人が徐々に関係性をつないでいく様子が丁寧に書かれている。
「帝国大学」は、帝国大学だけではなく旧制高等学校についても多くかかれている。新制大学への移行の過程がおもしろい。
「袁世凱」は悪いイメージしかないが、改めてその生涯を追ってみようというもの。当時の進歩的な役人だったが、その枠を超えられなかった。
「原発ホワイトアウト」は、東電の様子や役所内のやりとりなどリアリティがあるが、最後の原発事故は、北朝鮮の工作員が送電線を倒すという意味不明な設定で、台無し。
最近のもの
「日本の農地改革」は30年以上前に、終戦後に農地改革を担当していた昭和17年入省の人が書いたもの。終戦直後、12月に早速一次改革の法案を出しているのがすごい。地租改正で整えられた土地台帳があったからスムーズに農地改革が進んだんだとか。最近中国の本をよく読むが、土地改革が地主の処刑を伴わずにできたというのは、改めてすごいことなのでは。
「革命とナショナリズム」は、「偉大なる道」の時代を今の目から見たらどうなのかと思って改めて読んだもの。やはり「偉大なる道」はかなり恣意的に書いてあることがわかる。
「社会主義への挑戦」はその続きもの。大躍進や文革などの混乱期の様子がよく書いてある。あっさりと2000万人以上が死んだとかかれてしまうのが恐ろしい。1949年に共産党が政権を取った後も国民党の残党などの「反革命鎮圧」がされて50万人が処刑されたとか。中国の歴史は人数の感覚が麻痺する。
最近のもの
- 大江健三郎「懐かしい年への手紙」講談社文芸文庫
- ロバート・ハリス「ファーザーランド」文春文庫
- 黒川創「岩場の上から」新潮社
- 平野克己「経済大国アフリカ 資源、食糧問題から開発政策まで」中公新書
- アグネス・スメドレー「偉大なる道 朱徳の生涯とその時代」岩波文庫
「懐かしい年への手紙」は、「晩年様式集」で題材にされていた30年前の作品。著者を思わせる作家の「Kちゃん」が四国の村に家族連れで帰るところから始まり、一転、幼少期からのギー兄さんをめぐる経緯が時系列で語られる。ほとんど大江健三郎本人の経歴と同じじゃないかと思わされるが微妙にぼかしてある。大学進学、小説を書き出す頃、中国訪問、結婚など。ギー兄さんは、著者がこうありたいと思った、地方の知識人の一つの偶像なのではないかと思う。これを読んでから「晩年様式集」を読んだほうが良かったかもしれない。
「ファーザーランド」はナチスが勝利した世界の1964年、ケネディ(ただし父)が訪独する直前が舞台になっている。元ナチス高官が殺害された事件を捜査することになった刑事が、アメリカの女性ジャーナリストと協力しながら、戦時中ユダヤ人がどうされたのか(いわゆるヴァンゼー会議)の謎に迫っていく。口封じとしてヴァンゼー会議に出席したナチス高官が次々と死んでいることが明らかになる。今の目から見れば謎でも何でもないのだが、ナチスが勝利した世界という前提なので。英国作家の作品らしく悲劇的な最後で暗い気持ちのままで終わる。
「岩場の上から」は2045年の日本が舞台だが、これもある種のパラレルワールド。震災後に政権に復帰した保守党の総理が、自衛隊を国軍化した上で東京五輪前に退陣した後、「総統」として官邸の地下に住み続けているという噂が広がっている世界。日本は「積極的平和維持活動」として東南アジアや中東で戦争しており、作中でテロ勢力に対して一方的に宣戦布告する。30年後にこうならなくて良かったと本当に思えるだろうか。一方で、そのような世界に住みつつも、市井の人々の生活感は暖かく書かれていて良い。
「経済大国アフリカ」は2000年代のアフリカの急成長をテーマにしている。もっともこの成長は資源が主な原因。農業生産力の低さがアフリカの成長の妨げになるであろうことがはっきりわかる。インフラが整っておらず、化学肥料の価格が高いため、低施肥、低収量の農業を営むことが経済最適になってしまっているとか。南アフリカ発の企業の様子なども面白い。
「偉大なる道」は朱徳の生涯を書いたもので、今読むと中国共産党のプロパガンダじみていて古色蒼然としているが、読んでいると国民党の非道さには憤りを感じるし、わくわくするのは事実。鵜呑みにするのはよくないのだろうと思うが。これが出た当時、革命中国に対するイメージを向上させるのに大いに役立ったのでは。
最近のもの
ピーター・トライアス「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」ハヤカワ文庫SF(中原尚哉 訳)
ケイト・アンダーセン・ブラウワー「使用人たちが見たホワイトハウス 世界一有名な「家」の知られざる裏側」(江口泰子 訳)
大岡昇平「堺港攘夷始末」中公文庫
栗田伸子 佐藤育子「興亡の世界史 通商国家カルタゴ」講談社学術文庫
永積昭「オランダ東インド会社」講談社学術文庫
新城道彦「朝鮮王皇族 帝国日本の準皇族」中公新書
「ユナイテッド…」は、第二次大戦で日独が勝利した世界のアメリカが舞台。「高い城の男」を思わせる。舞台設定は面白いが、執拗に残虐な記述が重ねられて辟易する。
「使用人たちが見たホワイトハウス」はホワイトハウス番記者が長年の取材をまとめたもの。ブッシュ家はホワイトハウスで働く人たちにとってはすごくやりやすい一方で、クリントンは関係が築きにくくやりにくい面があったらしい。大統領就任の日がホワイトハウスへの引っ越しの日で、朝に前大統領の荷物を搬出し、夕方には現大統領が元通り暮らせるように全て整えるらしい。
「堺港攘夷始末」は、森鴎外の堺事件への異議申し立てとして大岡昇平が史料をあたりながら書いたもので著者の絶筆。森鴎外が種本にしたものがそもそもバイアスがかかって書かれていることが明らかになる。事件当時の土佐藩が口裏合わせをしたことも浮かび上がってくる。
「カルタゴ」は、カルタゴだけではなくフェニキア人全体について書いている。ハンニバル戦争のあたりは面白い。ローマを基本とする今の目から見ればカルタゴは異端児のようだが、当時の地中海ではメインプレイヤーだったことがわかる。
「オランダ東インド会社」は17、18世紀のインドネシア史のようなものだが、エピソードがちりばめられていて面白い。日本とオランダの貿易についても書かれている。
「朝鮮王皇族」は、彼らがどのような経緯で王皇族になったのか、戦前だけでなく戦後の歩みも書いていて興味深い。併合当初は天皇の詔書で王皇族が位置づけられていて法的な位置づけがなかったとか、宮内省と朝鮮統監府で所管争いがあったとか。
最近のもの
- 筒井功「日本の「アジール」を訪ねて 漂泊民の居場所」河出書房新社
- 河野真 他「ブックカフェを始めよう!」青弓社
- 木村浩二「宮城「地理・地名・地図」の謎」じっぴコンパクト新書
- 森鴎外「大塩平八郎・堺事件」岩波文庫
- ハーマン・メルヴィル「白鯨」岩波文庫(八木敏雄 訳)
「日本の「アジール」…」は、いわゆるサンカと呼ばれる人たちを含む漂泊民について、著者が各地で聞き取りをしながらまとめたもの。昔そういう人たちがいたことを覚えている老人や、幼少期に自らがセブリをしていた老人などから聞き取りをしていてリアルに書かれている。昭和30年代頃まではそういう人たちがまだ各地にいて、箕の修繕などを生業にしながら暮らしていたとか。そういう人たちがいた地域では、いまだに差別感情も残っていることも書かれている。あと20年たったら書けない本だろう。
「ブックカフェを始めよう!」は関心を持ったので読んだが、軽い考えではなかなかうまくいかなそうなことがよく分かった。
「宮城…の謎」は時間つぶし用の本だが、明治初期の岩手県と宮城県との区域変更の話などは興味深かった。
「大塩平八郎・堺事件」は森鴎外の名作。大塩平八郎本人が、醒めながらも蹶起に至る心情が端的に書かれている。あっという間に鎮圧された後に関係者の処罰が行われるのだが、そのほとんどは牢死し、生きたまま処罰されたのは四人だけというのが恐ろしい。一度牢に入ったら生きて出られないということか。堺事件も淡々とした筆致で書かれている。どちらの事件も2月に起きている。
「白鯨」は何年も前に高円寺の古本屋で買っていたが読んでいなかったもの。衒学的な記述が多いが、注釈が丁寧で読みやすい新訳。スターバックとエイハブ船長との関係性が読ませる。